それから数週間後・・・
仲の良い夫婦です
イモリ君!食べたりしないから大丈夫だよ
イモリを捕まえて うれしそうな ぼうず
うちのかあちゃんと、男と女の双子のチビ達
師匠の指導のもと初体験の駒打ち
自分と同じ年位の ナラの木
一方、うちの息子は何をしていたかと言うと、キノコの事なんてそっちのけで、ひたすら ”イモリ” との戦い。
もちろん網などは持参していないので、手のスピードが要求される。
ところでこの息子ですがワンパクなせいか、いつもいたずらが絶えません。、その度にオヤジの手が飛んで来るので、それをかわすために敏捷性は抜群!
日頃の練習の成果をフルに発揮していました。
あっ ごめん ごめん そう言えば イモリ って ”のろま” でしたネ。
30年以上ぶりに ”イモリ” をよーく見てみましたが、 気持ちわりー!
ホダ木を運んでから数週間後、今度は駒打ち作業を開始しました。 1万個となると1日〜2日では終わらないので、平日 師匠婦人にも手伝ってもらいました。
普通キノコは菌を植え付けてから出るまでに1年半かかるのですが(ナラ、イタヤ等)、ヤナギ、クルミは木自体が柔らかく菌がまわるのが早いせいか、その年の秋から収穫できるとの事。 その上 木全体にビッシリ発生するので、アッと驚くほど美しいそうです。
しかし、その寿命は短く、2年までは出るけれど3年目は出ないそうです。やはり木が柔らかいので腐れてしまうみたいですネ。
だから、駒をケチッてはダーメ! キノコが出ても出なくても期間は2年しかないので、駒を沢山打って、沢山収穫した方が
カ シ コ イ !!
皆で運んだ ”キノコの生る木” 達
沢沿いの イタヤの木を立てているとこる
今時 こんな事を手伝う子供は あまりいないと思う
もちろん、いつもの ”トリオ” にも頑張ってもらいました。
この日は天気がとても良く、半袖になっていい汗をかきました。
左写真の次女は、私ゆずりで ”ウルシ” にかぶれ易いのです。 ウルシの木は知っているはずなのですが、この様にTシャツ姿で山の中をさわいでいたので、数日後は皮膚科にお世話になってしまいました。
一本づつ かつぐよりも 湿地なのでこの方が楽!
2001年秋 に切ったクルミの木
キノコの巻 パートT
キノコの巻 パートU
栽培きのこの隣に、スクスクと育っているのがこの写真。12年前に結婚記念樹として100本植えたスギの木です。植えた当時、そこは雑木や草が生い茂っていてなかなか大変な作業でした。そして毎年初夏になると草の下刈りをつづけ(これまた大変)、今ではジャンプしても手が届かない程脊が伸び、太さも、内のかぁちゃんのフクラハギか、私の太ももぐらいになっています。
キノコはもちろん、自分がてしおにかけて育てている物は見ていてうれしいし、長年のたのしみです。ちなみに奥にそびえ立っているスギの木は、40年前植えた師匠夫婦の結婚記念樹です。家は充分建てられる程あります。
(ひょっとしてオレって財産家!??)
1998年11月、私以上きのこに狂っている師匠は数年後の楽しみの為、おニューのチェーンソー(この為に購入)で我山のコメナラ、ミズナラの木を10本ほど切りました。
年輪を数えてみると全て30以上ありました。
今度はブナハリ。普通ブナハリと言うくらいだからブナの木に植えるものだと思うのですが、師匠曰く、”ナラはほとんどなんでも出る木だから・・・”と、コマを打ち込んでみました。
そしてやっと目をだしたのが二年半後でした。
なかなか良質のものが生まれましたが、ブナハリに栄養分をいっぱい吸い取られたのか、木の方は結構軟らかくなっていました。
その1年後一番最初に出たのがシイタケです。まっスーパーでいつでも売っているのでどーってことはないのですが、大きさと肉厚が全然違うので”バター焼き”するとかなりうまい!!
でも春と秋にけっこう沢山採れるので1回食べれば充分。その後発生するヤツは見るのもごちそうさま。ってな感じ。
なので、近所におすそわけをしています。
すると・・・シイタケがビールになったりいろいろな物に変身します・・・
ほんとうに重宝なきのこです。
その翌年の5月家族みんなで菌を植え付けました.。その種類はナメコ、シイタケ、ブナハリタケ、エノキです。
さ〜ていっぱい出るかな!? 数年後が楽しみ、楽しみ。
そしてその晩秋今度はナメコが顔を出し始めました。今回植えた菌の総数は1万個で、そのなかでもナメコは7〜8割を締めています。
”こんなに植えてどうするの?食べ切れないヨ〜” ・・・
夢はいっぱいです。
2002年4月、2回目の栽培を試みました。
今回の場所は、
ワサビの巻で紹介した ”堤” 周辺です。そして植えた木は ”沢クルミ”、”ヤナギ”、”イタヤ” の 3種類です。
前回(パートT)は半分以上キノコが出ませんでした。 折角苦労して植えたのですが、多分 ”菌” が悪かったのでしょう。
そこで ”駒” のメーカーを変更して、またまた1万個、 全ての木に ”ナメコ” を植えることにしました。
もちろんこんなに植えても、一家で食べきれる訳はないので、また家族、親戚、友人達を連れてきて ”キノコ汁大会” をする予定でいます。 定年になった師匠にとって(自分も含め)、皆に喜んでもらえればそれがうれしい事であり、楽しみなのです。
(天然物はもちろん いくら栽培物でも、山で採った収穫を売ったり、お金に換えたりは絶対しません。)
(これも自分にとってのキノコ哲学!?)
この写真は 2001年秋に切った ”堤” 周辺の木をあまり日の当たらない場所へ、ソリを使って運んでいる様子です。